協会長挨拶後に論文賞表彰式、
受賞記念講演が行われます。
セメント協会論文賞は、セメントおよびコンクリートに関する学術上、技術上の進歩発展に資するため、1972年(昭和47年)に設けたものです。
直近の過去2年間のセメント・コンクリート論文集に掲載された論文の中から、論文賞選考委員会の審査を経て、学術的・実用的な価値が高く、かつ独創的・先進的研究と認められた論文を選考し、論文賞を授与しています。
1H NMR を用いた T1-T2 緩和相関測定によるセメント系材料の空隙構造分析
東京大学 栗原 諒
千葉大学 大窪 貴洋
東京大学 丸山 一平
コンクリートの物性変化やコンクリート内部に侵入する外来イオンの拡散性など、鉄筋コンクリート構造物の耐久性を評価しその予測を精緻化する上で、セメントペーストの乾湿時におけるナノスケールの空隙構造変化を明らかにすることは重要で不可欠である。また、SCMを利用したコンクリートの物性・耐久性を評価する上で、セメントペースト中で生成したC-S-Hと合成したC-S-Hの空隙構造を比較した基礎的研究の重要性が求められている。
本研究では、プロトンの核磁気共鳴装置を用いてセメントペーストおよび合成C-S-Hの空隙構造の変化を詳細に評価しており、これまで水和過程にのみ検討されていたT1-T2緩和相関測定を再吸湿過程の空隙構造変化の観測に対して初めて適用したものである。前処理不要のT1-T2緩和相関測定を用いた空隙構造分析であり、 空隙中の1Hの運動性という指標を加えた評価を行っている。
セメントペースト中の水分分布を水の運動性を表すT1/T1比とあわせて2次元的に評価するT1-T2相関により、乾燥前と再吸湿過程における空隙分布を比較し、運動性の異なる空隙の出現を確認し、セメントペーストの処女乾燥時に生じる空隙構造変化には再吸湿過程で回復しない構造変化があることを見出した。
また、合成C-S-Hを使用してセメントペースト中のC-S-Hを評価する方法は、今後も展開されるアプローチであると考えられるが、空隙中の1Hの挙動から両者の空隙構造が異なることを実験的に明らかにした。これにより、C-S-Hの凝集構造が内包する複雑な空隙構造に関わるイオンの拡散・水分移動などを評価する際、その空隙構造の差異を考慮する必要があることを示した。
なお、精密な測定を要する実験であるにもかかわらず、セメント水和物試料の作製から測定までの操作が慎重に行われており、得られた結果には高い信頼性と妥当性が認められる。
以上のように、本研究では空隙構造の観測に新たな方法を導入し、乾燥で生じる非回復性の構造変化に由来するC-S-H空隙が再吸湿では回復しないことやセメントペーストのC-S-H凝集構造と合成C-S-Hの空隙構造では明確に1Hの運動性が異なることなどを明らかにしており、今後の研究展開が期待されるとともに、関連分野の研究にも重要な知見と情報を提供した。
よって、本論文はセメント協会論文賞に該当する。
湿式炭酸化処理したセメント系スラリーの混和材としての適用性
太平洋セメント株式会社 早川 隆之
太平洋セメント株式会社 黒川 大亮
太平洋セメント株式会社 七尾 舞
東京大学 野口 貴文
地球温暖化を抑制するため、CO2をはじめとする温室効果ガスを削減することは重要な課題となっている。セメント産業は様々な廃棄物・副産物を原料や熱エネルギー源の代替として有効利用しサーキュラーエコノミーに貢献しているものの、セメント協会が2024年4月に公開したインベントリデータによれば、セメント1tを製造する際のCO2排出原単位は756kg-CO2/t-cemに及ぶ。そのため、セメント製造時にCO2を回収し有効利用する技術や、コンクリートとしてCO2削減を図る各種技術など、様々な技術開発が行われている。
本研究では、セメント工場のキルン排ガスから分離回収したCO2を、様々な条件でセメントスラリーと反応させた炭酸化スラリーを作製し、セメントの一部と置換して混和材としての適用性を評価した。また、コンクリートスラッジを基材とした炭酸化スラリーの適用性や、これらのCO2削減効果についても評価を行った。
セメントを基材とした炭酸化スラリーに関しては、異なる温度条件(10、20及び30℃)で作製した場合、温度によってカルサイトの析出の仕方が異なること、温度が低いほどスラリー中の固形物のBET比表面積が小さくなること等を示し、20及び30℃製造に比べ、10℃製造の炭酸化スラリー固形物混合モルタルの流動性が良好となることを見出した。
また、セメントスラリーの湿式炭酸化時に超音波振動を与えることで炭酸化時間が短縮されることを示し、その原因をキャビテーションによるCO2の微細化、固形物粒子のフラグメンテーションと炭酸カルシウムの不動態層が除去された影響であると考察した。更に、炭酸化スラリーを固形物換算で15wt%置換したセメントペーストの圧縮強度は無置換と同等以上となることを見出し、これが炭酸カルシウムのフィラー効果あるいは初期に高い反応性を示すシリカゲルのポゾラン反応の寄与であることを予測し、酸溶解残分分析とR3testによりシリカゲルがフライアッシュ以上のポゾラン活性を有することを確認した。
また、炭酸化スラリーをセメントに置換したコンクリートの圧縮強度は、置換率10~20wt%の範囲では無置換と同等で、石灰石微粉末や軽質炭酸カルシウムを同量置換した場合より高い値となり、CO2削減効果はスラッジを基材とした場合がセメントを基材としたときに比べて2倍以上になることを示した。
以上のように、本研究は湿式炭酸化処理したセメント系スラリーの混和材としての適用性について、基礎から実用化を見据えた領域まで幅広く検討したものであり、今後の研究の発展や社会への実装が期待できる。
よって、本論文はセメント協会論文賞に該当する。